子連れ再婚
かくして、家族間調整の果て、わたしは実家や家族から離れて、ひとりで暮らしていくことになりました。 継母らは家庭裁判所からわたしのことを「家族」として扱い、人としての「尊厳」を認めること、と進言・言及されたものの、ひとつ屋根の下で暮らすことと…
継母はわたしの実母がダメだったゆえ、わたしもまったくのダメ人間で「しつけ」をし直た……と主張。 裁判所は継母へ「相手を尊ぶ」という気持ちなどについて話し、いくらダメで悪いからと言って、洗面器が割れるまで殴ったり、ホースで水をかけることが「しつ…
調停は中断となり、わたしと調査官と別室で2時間ほど話をしました。わたしは苦笑いをしながら調査官へお辞儀をしたと思います。調査官は「んー」とうなずくくらいで、なにも言いません。とても静かで落ち着いており、上から目線になるような事もありませんで…
裁判所に申し立てる際、異母姉は訴えから、外しました。 もちろん、色々と悔しい思い、悲しい思いはしました。 異母姉はケンカの練習と言って、わたしにビンタをあびせたり、容姿についてバカにすることもありました。 裁縫針が刺さった、刺さらないについて…
いつも、 お読みいただいてありがとうございます。 本当に感謝しています。 ただいま、記事の推敲中でございます。 もう少しお時間を頂けると嬉しいです。
出頭せず、逃げた異母妹も異母妹ですが、異母妹の周囲も周囲です。特に異母妹のご主人の「ひととなり」がよくわかりました。 できる人ならこう言うでしょう。「逃げないできちんと出頭しなさい」それが異母妹自身にとって腹立たしいことだかろうが、悔しかろ…
続きです弁護士とわたしは調停員方との話を中断し、一緒に部屋から退室しました。わたしたちは廊下をコツコツと歩き、裁判所内の少し奥まった席へ腰をおろした。弁護士は「ダメですね」とつぶやきました。わたしも「そうですね、あれでは……」一体、調停員が…
その2からの続きです 。 わたし自身、手もとに保管していた申し立て書を読み返すとあらためて「いや、しかし、まぁ、これはひどいなぁ」と思います。 こちらで記事にして述べてきたこと以上のことが記されています。 そして、まずは調停からはじまります。調…
虐待を受けると、ほとんどと言っていいほど「うつ」や「PTSD」 など、カラダの怪我だけではなく、精神的にも傷ついています。できれば、もしもの時のために精神科医の受診をおすすめしたいのです。もし、精神科に抵抗があるようでしたら心療内科でも良いので…
大事なこと忘れてましたごめんなさい 。 訴え申し立てると決意したものの、よくわからないのが費用や弁護士をさがすという部分でないかなぁと思います。 役所などの無料相談へ行くという方法を考える方もおみえだと思いますが、役所でお話をしても、あまり手…
とにもかくにも、記録をなさって下さい。それはわたしのこれまでの拙文のようなものでいいと思います。そして、その記録を弁護士に出します。 「継母からホースで水をかけられ、ボトボトのまま、お風呂掃除や拭き掃除をしたこと」 「洗面器がバキバキに割れ…
これまで、いろいろと述べてまいりましたが読み手の気持ちを考えますと継母たちのただの悪口にしか取れなかったかもしれません。読み手のお立場によってはとらえ方も異なることと思います。 しかし、この記述内容は実際、弁護士によって家庭裁判所へ出された…
わたしは考えてしまう。 時おり報道される、虐待事件の被虐待児がもし、一命をとりとめていたなら、それはどうなのだろうかと…… もちろん、命ある方が良い。生きている方が良いに違いない。幸せになる可能性だって、ないわけではないと思うからです。 ですが…
これは小学生の頃だったか、母子手帳を用いて授業をするという場面があった。担任教師が「次のこの時間は母子手帳を持ってくるように」と言った。わたしは家に帰るなり、押し入れや引き出しなどを探しまわった。しかし、自分の出生にまつわるものは何ひとつ…
わたしはある頃からか継母の虐待や異母姉、異母妹から逃れるように安い賃貸住宅でひとりで暮らすようになっていた。 そんなある年の年末年始に実家へ帰った。まぁ、今から考えてみれば歓迎もされないのに帰ったわたしがバカなのである。 実家で大掃除を手伝…
今日、ある芸能人が「子は親の鑑」とコメントをしていた。どのようなサイトで何のページだったかは覚えていない。 その通りかもしれません。 わたしはとても悲しかった。わたしは間違いなくあの継母に育てられた、決して、好ましい環境とは言えない。 「子は…
わたしはキレイ好きなのでしょうか、どうも、一晩はいた下着で登校するのがなぜかイヤだった。それで、毎朝、制服に着替える時に一緒に下着もはき替えていた。その様子を見ていた継母がまたグズグズと言い始めた 「 なんや、アンタ、パンツはき替えんの、へ…
被虐待児がどのような人生を歩むことになるのか事実を詳しく述べ、虐待について、家庭裁判所へ訴え、闘うさまなどの方法と幸せになるために綴ってまいります自分がしてほしいと思うことを相手へも思いやれるような、いたわりや寄り添いができるような人間で…
実父の母、祖母、いわゆる「おばぁちゃん」がわたしの進学費用にと幼稚園か小学生の頃あたりから学資積み立てをしてくれていた。わたしは学資積み立てが何であるかをわかってはいなかったが、実母がいなくなってしまった後は自分で郵便局へ行くように言われ…
継母からの虐待のせいだろうか、中学3年生の頃には、既に心身が心の奥深いところで冷たい石の塊になっていた。 そして、それは誰がどのような方法をもってしても、アプローチができないようなところで「塊」となってしまったように思う。 つまり、これが「 …
これまで述べてきた通り、継母は感情で行動をし、言葉汚く罵ることが多かった。 今度はとんでもないことを言い出した。 異母姉 A子、その妹の 異母妹B子は私がお腹を痛めて産んだ子やから、私の言うことが聞けるし、私の言うことがわかる。せやけど、アンタ…
これは小学生の頃だったか、母子手帳を用いて授業をするという場面があった。担任教師が「次のこの時間は母子手帳を持ってくるように」と言った。わたしは家に帰るなり、押し入れや引き出しなどを探しまわった。しかし、自分の出生にまつわるものは何ひとつ…
ここ何日間かほど、これまでの虐待経験の実際を綴って参りました。 まだまだ、あります。 こんなものでは済みません。 これは読み手側にとって、ただの愚痴にしか聞こえないかもしれません。 ですが、このような事実が確かにあるということを知っていただけ…
異母妹の B 子は乳幼児の頃から継母たちから溺愛されていた。その溺愛のひとつに毎晩の夕食にお魚の「 イトヨリ鯛」というお魚を 食べさせてもらっていました。 もう話の展開・オチはご想像の通りであるがそのイトヨリ鯛を買い行くのはわたしの言いつけ事で…
異母妹B子は知っているだろか。まだ、小学生だったわたしがあなたのおむつを1日おきぐらいの間隔でコインランドリーへ乾燥しに行っていたことを……それはだいたい、いつも寒い夜で、冬なわけで寒いから乾かないのです。おむつの洗濯は継母がした。 ジャブジャ…
それで、わたしの毎日は いじめのような虐待とともに過ぎていった。ある寒い真冬の夕方、継母は実父親の靴下と下着、わたしの靴下をバケツに入れて渡してきた。バケツには洗濯用の白い固形石鹸が投げ入れてあった。継母はいう「アンタの靴下は汚い、 一緒に…
継母、異母姉A子さん、異母妹B子さん、そしてその周りのご家族、あなた方へ伝えて残しておきたいことがあります。2020年が終わろうとしています。 今年は「新型コロナ」という、よくわからないウイルスのせいで世界中の方々が振り回されました。そのウイルス…
もうこれは立派な事件である、傷害事件で暴行罪ではなかろうか。わたしが中学生の時、何のために裁縫道具を出していたのかは忘れたがボタンなどをつけて、補修をする場面があった。わたしは2階のテレビ部屋のテレビの前で裁縫箱を開けた。その裁縫箱の中は色…
つい、このあいだも水をかけられる虐待を受け、果てには亡くなってしまうという報道があった。わたしにも同じような経験がある。小学生の時で土曜日だったと記憶している。わたしは継母からの言いつけ事がいくつかあった。その言いつけのひとつに学校から帰…
前回の続きです継母はおやつにといって、その人気の串カツを10本かほど、船盛で買ってきた。また、ミスタードーナツの時と同じようなシーンである。継母は緑色の紙に包まれ串カツの舟盛をテーブルの上にポンと置いた。継母は「B子ちゃん、お腹すいてるやろ、…