実話 お祈りするカマキリ 虐待を家裁へ訴え闘うさまと幸せになるために🍀

ステップファミリー 継母たちからの虐待 その人生とは

A子とB子は私の産んだ子やから私の言うことがわかる

これまで述べてきた通り、継母は感情で行動をし、言葉汚く罵ることが多かった。


今度はとんでもないことを言い出した。 異母姉 A子、その妹の 異母妹B子は私がお腹を痛めて産んだ子やから、私の言うことが聞けるし、私の言うことがわかる。


せやけど、アンタは私が産んでないから、私の言うことがわからへんのや、などと言い出した。


何を言い出すかと思ったら、次はこれである。

 

自分の気に入らないことがあると意味のわからない理由で殴る蹴る、必要以上に用事を言いつける、暴言を浴びせる、食べ物外しをする。

 

わたしはそんな継母に呆れ、ウンザリとしてしまって、いつしか醒めた目線を送るようになっていた。


特に中学生に上がってからは、どんどんとこの継母の言動やすること、なすことに憤りや疑問を感じ「 それはおかしい」と意見するようにもなっていた。

 

そんなこんなが子どもの頃から長きに続いて、ついに何もかもがどうでもよくなり、継母にだけではなく、すべてにおいて醒めてしまっていた。


しかし、継母はわたしのそんな気持ちなど知らないのであろう、いや、 わたしがどのような気持ちになっていようがそんなことはどうでもいいのだろう。


相変わらず「ポットにお湯が沸いてないっ!」「 米がとがれてない」など、ワガママ、暴言を繰り広げた。

マルトリ 傷つく脳 MRI

f:id:themisnoherb:20210117072414j:plain


10年ほど前、虐待のことについて家庭裁判所へ一緒に伴って頂いた弁護士がおっしゃっいました。「アメリカなどの精神医療はひとり、ひとりにカウンセラーがつくほどに発達している、なのに我が国は……」

 

このマルトリートメントという概念もアメリカで唱えられたもののようで、概ね、虐待やマターナル・デプリベーションと重なる部分が多くあり、身体的マルトリートメント・心理的マルトリートメント・ネグレクトなどと表現されています。

 

アメリカって色々な問題があるようですが、とりあえず、なんでも先駆的なのはアメリカの良いところだなと思います。

 

それで、マルトリートメンのことを略して「マルトリ」と呼ぶのだそうです。

なんだか、警察の特別捜査班みたいですネ。

 

このマルトリを受けると心やカラダだけでなく、脳にも強い影響が残り、やはり抵抗力のないカラダ、信頼することができない、集中力に欠ける、コミュニケーションがうまくいかない「こころの傷」として残り、MRI においても脳の萎縮などの所見が見られるということです。

この傷がずっと残るから、虐待を受けた子どもは大人になっても辛い思いをするのです。

【出典・参考】福井大学 子どものこころの発達研究センター 友田明美https://blog.hatena.ne.jp/themisnoherb/themisnoherb.hatenablog.com/edit?entry=26006613675229746

(最終アクセス日2021年1月9日)

 傷ついた脳の回復方法はあるようです。

やはり、早い段階に虐待からの保護・救出と安心できる環境、専門的な治療やケアをうけることで回復が見込めるとのことです。

残念なことに虐待を受け続けたまま、大人になってしまうと子どものように回復するのは少し難しいようです。

どうしても早急に心理的支援・社会的資源が急がれるわけです。

土下座しろ前編 A子(異母姉) がグレたんはアンタのせいや

f:id:themisnoherb:20210109201257j:plain

A子がグレたの(喫煙、非行)はアンタが原因やA子に謝れ、土下座しろ!

確か、こんな感じだったと思う。

 

わたしが中学にあがる頃、異母姉のA子は中学 2年生か 3年生で不良のような、いわゆるヤンキー的な中学生になっていた。ある日もわたしが家に帰ってくるとA子が不良仲間たちと部屋に閉じこもって、わたしが部屋に入ろうとしても入れてくれなかった。

 

その部屋からはタバコのニオイがもれてきていた。何かをグラスをカチャカチャとかき回す音も聞こえてきた。つまり、タバコを吸いながら 実父親のブランデーか何かを飲んでいるのだろうと想像できた。 何やら、わたしのことを悪く言っているのもぼんやり聞こえてきた。

 

ほどなくするとその不良グループたちは、いそいそと部屋を出て、どこかへ行ってしまった。A子は部屋中にヘアスプレーを振りまいてタバコの臭いを消そうとしていた。

 

わたしは何も言わず、自分の机に荷物を置いて言いつけ事のお風呂掃除や拭き掃除をしたと思う。

 

その夕方、 継母がまた、わたしに言いがかりをつけて文句を言い始めた。

もう、毎日、毎日、本当に毎日、何かしらの文句を言われていた。わたしもいい加減、頭に来ていた。言われっぱなし、殴られっぱなし、やられっぱなしの状態から反撃するようになっていた。

 

ついに、わたしが口火を切った。


「そんなんいうけど、A子は昼間、お酒飲んで、タバコ吸ってるやん! なんで、わたしばっかり言うん」

 

継母はものすごい剣幕で「 なんやアンタぁ、 口答えすんな 。A子がそんなことするわけない! 嘘言うな、ええかげんな事言うなっ!」

 

台所とその隣の六畳間で大騒ぎが始まった。

そこへ実父親が仕事から帰宅してきた。

継母は疲れて帰宅したばかりの実父親へ口汚く訴えはじめた。


「この子が、A子がパパさんのお酒を飲んで、タバコを吸ってたって言うんや!」

実父親、継母、わたしもA子も、もう、晩御飯どころではない。

 

実父親と継母が6畳間の真ん中らへんに座り、 A子とわたしが台所と六畳間の境目あたりに座らされて尋問のようなものがはじまった。


継母はわたしが嘘を言っているという。

実父親はわたしへ、一体、どういうことだったのかと尋ねてきた。


わたしは、昼間の出来事、A子が不良仲間たちと部屋に閉じこもって、タバコを吸っていたこと、カチャカチャとグラスの音がして、お酒を飲んでいるような気配がしたことを話して告げた。


すると、実父親はA子の方へ向き直って「A子、どうやねん、ほんまなんか!」 という内容のことを聞いた。


押し黙っていたA子が大きな声で「吸った!」と言い捨て切るように返答した。

 

実父親はその言葉を聞いて「A子!タバコを吸うとはどういうことや、アカンやろが!」とA子へ怒鳴って、A子のことを一発、叩いたのである。実父親がA子に手をあげたのはこれが初めてであったと思う。

後、実父親がA子に手をあげたことは見たことがなく、これが最初で最後の一発のはずである。

 

すると、継母がものすごい勢いで「何でA子が悪いんや、A子がグレて、こんなんなったんは、この子のせいや!アンタが悪い。アンタがA子に謝れ!」

 

てんで、意味がわからないことを言い始める継母。

わたしにA子へ謝れと言い出したのだ。

土下座をさせられた

昨年は「土下座」という文言が話題となりましたがわたしにとっては自分自身のことで、もっとも屈辱的で理不尽なことでした。

ここまでは異母妹B子との姉妹間虐待などを主に述べてまいりましたが、ここからは異母姉A子とのこと、特に強い憤りとなっている出来事を述べたいと思います 。

これは中学1年生か2年生のときでした。

異母姉 A子がA子自身の仲間である不良グループと家へ上がり込み、わたしを部屋から閉めだし、実父のお酒を飲み、その仲間同士で喫煙をするという、A子が起こした非行問題でした。

ですが、 異母姉 A子がグレて不良になったのはわたしのせいだとして、わたしはA子や継母らに土下座をさせられたのです。

そして、さらに、土下座だけでは終わらず、たったひとりの肉親で味方であったはずの実父に「お前のせいや、お前が悪い、お前がちゃんとせぇへんからじゃ」と家の中じゅう、部屋から部屋へと引きずり回し殴り倒され、火のついたタバコを投げられ、殴る蹴る、火傷を負うの虐待を受けたのです。


それとマターナル・ デプリベーションについても触れておきたいなぁと思います。

マターナル・デプリベーションとはイギリスの精神科医・児童精神分析学者のボウルビィ,J.先生が提唱された概念で、ご存知の方も多いと思います。

わたしも勉強をしたことがあり、 気になったので読んで頂けると嬉しいです😀

<<マターナル・デプリベーションとは人間が生まれてきて、心身とも健全に発達するための必要なやりとり、養育者(保護者)との心理的・情緒的・絆を築く機会が著しく阻害される状況を言うのだそうです。


マターナル・デプリベーションの影響は主にカラダが弱く抵抗力がない、他人への不信感が強い、、うつ、などがみられるとあります。


【引用・参考】大山正,藤永保,吉田正明,編 心理学小辞典,30版,有斐閣,2001年,p258,有斐閣小辞典シリーズ ISBN4-641-09880-8>>

次回にはその詳細を綴りたく思います。

再び緊急事態宣言の発令

f:id:themisnoherb:20210107214822j:plain

また、緊急事態宣言が発令される。 もちろん、経済のことも大事だが、保育所、幼稚園、学校などはどうなるのだろうか。

昨年の緊急事態宣言の発令の際、とても心配なことがあった。それは自粛中の被虐待児の居場所についてである。

 

虐待・いじめからの逃げ場で居場所となっている園や学校へ行けないとなると体力的に参ってしまい、ついには精神的に限界となる。

もう、身も心も、何もかも、どこにも居場所がない。

わたしも経験している。 継母と異母姉」A子と異母妹B子が部屋の真ん中でくつろいでいるのを見ながら部屋の角っこの隅に三角にうずくまって、その光景を見ているだけの毎日を過ごした。継母はわたしが部屋の隅にうずくまる姿をギッと見て「なんや、この子、すみっこ好きやなぁ」と罵った。

今も忘れない。

忘れられない。

それに耐えられなくなった時 、たまらなくなって夜の町内へ飛び出し、実父が帰ってくるまで、どこそこと辺りをほっつき歩いたこともあった。歩道橋の上から走る車を見下ろしたり、踏切のねき(傍)にたたずんだこともあった。

わたしは確かに考えていた「死んでしまおうか」

しかし、わたしにはそれだけの度胸がない、結局は実父が帰ってくるまで辺りでウロウロと時間をつぶし、実父の帰る頃を見計らって家へ戻った。

こうしている今も、この週、しばらくは強い寒波が押し寄せてくると天気予報士がうるさいほどに報じている。緊急事態宣言のうえに大寒波となると外をほっつき歩くわけにもいかない。家にも居られない、 園も学校へも行けない。

こうとなると被虐待児はどうしていいかわからず、失望してしまう。

この件については昨年の自粛時に市行政へ被虐待児の様子をいつもより多めに訪問・巡回を強めるのがよいのではないだろうかと問い合わせした。市はわたしと同じような認識と理解を示したが、実際はなかなか難しそうであった。

心理的支援と居場所の確保を考えなくてはいけない。

熱いアイロンで小突かれた

f:id:themisnoherb:20210107191409j:plain
これまで書き綴ってきたように継母は乱暴で気性があらく、感情のコントロールができない人だった。その日も何か気に入らないことがあったんでしょう。

わたしがある日、テレビ部屋でテレビを見るか、何かしていた時だと思います。その横で継母がアイロンがけをしていました。

その時、アイロンでいきなり小突かれたのです。

原因が何であったかはまったく覚えていない。継母が何を思ったのかも、まったく分からない。

何より、熱かった。

熱すぎて「うあっ」 と声を上げ、 驚いて飛び上がった。

右足のふくらはぎの内側あたりには火傷の跡が残っている。

虐待のニュースで「火傷の跡」や…… いや「殴られた跡が…… などと報道されるが本当にその通りである。

今も昔も、そしてこれからも虐待のありさまは殴る、蹴る、 火傷をさせる、水をかける、必要以上に言いつけをする、食べ物を与えない、 心理的に追い詰める、そういうことなんだろうと思います。

行政はどんどんとそういう家庭・ 家族間へ介入して行って、できるだけ早く、保護し、 救い出して欲しいのです。

その救出が早ければ早いほど、その子の人生が良くなる可能性を持っているように思うからです。

心からそう思う。

ハイターとバスマジックリンを混ぜたもので

f:id:themisnoherb:20210107214747j:plain

わたしの言いつけ事の中にお風呂掃除や拭き掃除があったことは以前に述べました。

その、お風呂掃除の仕方、指示に今では考えられないようなことがあった。

継母は洗面器にお風呂洗い用のスポンジをポイッと入れ、そこへハイターをチャーッと投入し、さらにそこへバスマジックリンを混ぜるのである。

そして、それをわたしへ「ほれっ、これで洗えっ!」とつき渡してきた。

何も知らなかったわたしは洗面器の中へ手を入れて、スポンジをくるくると回して泡立てた。

洗い始めて、しばらくした頃、何やら手が赤くヒリヒリとしてきた。洗いながら、何かおかしいなぁと思った。

けれど、これでまた何か口返答のようなことをすると余計にややこしくなるので、そのまま、急いでお風呂掃除を済ませた。

そのあと、手が赤く腫れ、ヒリヒリ、ピリピリして明らかにおかしな感じになった。

そのことがあの「 混ぜるな危険」のことだったと理解している。

f:id:themisnoherb:20210107214700j:plain

わたしの手は今でもガサガサと汚く、シワシワとボロボロが合わさり腫れぼったい手をしている。火傷痕のようなものだろうか。

継母も知らなかったのかもしれないが、本当に迷惑なことで自分の手を見るとつい、ため息が出る。

マニキュアやネイルなどとは無縁の手です。

被虐待児が人並の幸せを歩むには

f:id:themisnoherb:20210108062843j:plain

ここ何日間かほど、これまでの虐待経験の実際を綴って参りました。

まだまだ、あります。

こんなものでは済みません。

これは読み手側にとって、ただの愚痴にしか聞こえないかもしれません。

ですが、このような事実が確かにあるということを知っていただけたらなあと思っています。

被虐待児がどうにか、人並みの人生を送る手立てはないのでしょうか。

簡単な解決方法として「理解者」「信頼できるパートナー」を見つけることこれに尽きるのかなぁと思います。

しかし、それは被虐待児にとって、いちばん、難しいことなのです。

理由は虐待のせいで何も信頼できないからです。そして、被虐待児は観察力にすぐれ、人をみる目ができてしまいます。

人をみる目があるのではなくて、見る目が培われてしまうのです。

ですから、理解者を見つけにくく、仮に運よく、理解者を見つけることができても、その愛情の受け方が分からない、受け渡しがうまくできない。ここが問題になってくると考えています。

時折、報道される悲しい虐待事件はその後どうなっていくのかと言うとわたしの経験からすると、その信頼するという部分を持ち合わせていないため、どうしても生きづらい余生を生きていかなければならない状況に陥いっていると推測します。

早急に社会的資源の必要があると思いながら綴らせ頂いております。

イトヨリ鯛

f:id:themisnoherb:20210107214644j:plain

異母妹の B 子は乳幼児の頃から継母たちから溺愛されていた。


その溺愛のひとつに毎晩の夕食にお魚の「 イトヨリ鯛」というお魚を 食べさせてもらっていました。


もう話の展開・オチはご想像の通りであるがそのイトヨリ鯛を買い行くのはわたしの言いつけ事でした。


イトヨリ鯛はそこそこ値段のする魚で20センチから30センチくらいでしょうか、小さくても一匹が400円から500円ぐらいしていた記憶があります。

 

結構、高価な魚ですよね 。


それを夕方18時頃になると近くのスーパーまで買いに行かされたのです。


わたしはイトヨリ鯛を買ったり見たりしていたけれど未だに食べたことがありません。


みんなはイトヨリ鯛っていうお魚を知っていますでしょうか。


どんな味がするんですか。美味しいですか?


イトヨリ鯛をスーパーで見かけると、なんだか悲しくなって気になります。 

異母妹B子のおむつのため寒い夜コインランドリーへ

f:id:themisnoherb:20210107214718j:plain

異母妹B子は知っているだろか。まだ、小学生だったわたしがあなたのおむつを1日おきぐらいの間隔でコインランドリーへ乾燥しに行っていたことを……

それはだいたい、いつも寒い夜で、冬なわけで寒いから乾かないのです。

おむつの洗濯は継母がした。 ジャブジャブと水をふんだんに出し、蛇口を全開にして洗っていたのをよく覚えている。 (水代がすごいと聞いていたのはこのせいだったのだろう)

そして、 そのおむつをコインランドリーへと乾燥機をかけに行くのはいつもわたしだった。

脱水の済んだおむつとはいえ水分で重く、ずっしりとしていた。

そんな、あなたのおむつをゴミ出し用のポリ袋などに入れ、自転車の両ハンドルと前カゴへ積んで、 寒い夜に漕ぎだすのである。

あなたは何年か前、子供を産んで育てていると人づてに聞きました 。あなたはご自分のお子さんのおむつはどうしていますか。

わたしは紙おむつで育てていると聞いています 。

紙おむつでも、布のおむつでも、何でもいいのですがその濡れた布おむつの重さを想像してみてください。

毎晩のようにコインランドリーへ行かされること、このことがどんなことか分かってもらえるでしょうか。

コインランドリーへと行っていたことをあなたは知ってくれていますでしょうか。

周りの人達から、寒い夜にかぎって、コインランドリーへ行かされていたわたしのことや、いつもフカフカのおむつだったことを聞いたことはありませんでしたょうか。

たとえ、その事を聞いたとしても、わかってもらえないのでしょうか。

ステップファミリーになったばっかりにわたしは家族扱いされず、いつも嘲笑れて、バカにされて、 食べ物外しや仲間はずれのようなことを受け。

そのことが何十年経っても、いまだ心にひっつかかって、残念でならないのです。

わたしのひがみなのかもしれません。たとえひがみであったとしても、こんな気持ちでいること、いつかあなたにわかってもらえる日が来るのでしょうか。

果たして、わたしの人生は残念なのです。

真冬、実父親の下着と自分の靴下などは外の水道で洗わなければならなかった

f:id:themisnoherb:20210107214734j:plain
それで、わたしの毎日は いじめのような虐待とともに過ぎていった。

ある寒い真冬の夕方、継母は実父親の靴下と下着、わたしの靴下をバケツに入れて渡してきた。バケツには洗濯用の白い固形石鹸が投げ入れてあった。

継母はいう「アンタの靴下は汚い、 一緒に洗濯機では回されへん、おやじのも一緒に外の水道で洗え」というのだ。

継母はわたしの実父親のことを実父親の前では「パパさん」と呼ぶがわたしやA子のまえでは「おやじ」と呼んだ。

最近、メディアなどで「ウタマロ石鹸」というのが良い石鹸として取り上げられるが当時の石鹸は白いロウソクのようで固く、ボロボロと崩れるような石鹸でニオイも臭く、泡もたたなかった。

わたしは心の中で「どうして「おやじ」なんて呼び方をするんやろう、せやし、外は寒いし、水は冷たいし、そのせいで石鹸もカチカチで泡もたたない、無理や、嫌やなぁ」と思いながら外の水道へ行った。

とにかく、自分の意見を言うと

「 なさぬなかを育ててやってんのに、 言うことを聞かない」

と言って暴力、暴言が始まるので言われるままに外の水道で靴下や実父親の下着を洗った。

洗い終えて家の中へ戻ると今度は「自分で干せっ」と階段に投げ置かれた。

顔や腕、額や手のひらにうっすらと血がのびた

f:id:themisnoherb:20210107214835j:plain
新年あけましておめでとうございます。昨年は本当に大変なことでございました。当分はこんな様子なのかもしれませんがゆっくりといつも平常心で参りたいと存じます。

それで、続きです。

わたしが裁縫を終え、テレビ部屋を立ち去った頃、ほどなくして、いぼしのA子が学校から帰ってきました。

A子はその2階のテレビ部屋でテレビを見始めた。テレビを見始めてしばらくした頃、A子が大きな声で「痛っ!」と叫んだ。A子は痛がりながら足を見た。わたしは何のことかわからずその様子を見ていた。A子がかなり痛がっていたことを覚えている。

すると、その騒ぎに気付いた継母が「A子、どないしたん」と台所から2階のテレビ部屋へバタバタとあがってきた。

A子は継母へ足を見せながら「痛い痛い」と訴えた。
すると継母が急にわたしを睨みつけ「そういえばアンタ!さっき、裁縫してたやろっ!」

わたしはこたえる「えっ?してたけど……」嫌な予感がした。

すると、次の瞬間、継母はわたしをつかんで振り回し、台所とつながる階段の下まで引きずり下ろした。そして、お風呂場の洗面器を持ち出して洗面器をわたしの頭上に振り上げたのである 。

継母は洗面器でわたしを思い切り殴り始めた。わたしは殴られながら、手で頭や顔をおおいながら言った。

「わたし、違う! わたし、きちんと片付けたっ!」

継母に聞く耳はなかった。
わたしの頭や顔、背中、腕、足、肩などを洗面器で何度も何度も殴った。

わたしは階段下でうずくまって泣いた。手や腕に血がついて、額にも生ぬるい感触があった。それでも、継母は「何、泣いてんねん!」とわたしを殴り続けた。

しばらくして、継母は気が済んだのか、殴り疲れたのかしてようやく殴るのをやめた。洗面器はバリバリに割れてあたりに散らばっていた。 割れた洗面器の破片で怪我をしていたのだろう、拭う腕や手のひらに血がうっすらとのびた。

A子は洗面器で殴る継母を止めることはなかった。わたしが殴りまわされる光景を止めもせず、ただ、見ていたのだ。

余談となるが、わたしはその洗面器殴打事件から何十年も経って成人しているが、なお、現在でもA子へ一度、訊ねてみたいと思っている。

あの時、なぜ、継母を止めなかったのか、洗面器で殴りまわされている光景に何も感じなかったのか。
本当に私の不注意で針が足に刺さったのだろうか?

果たして、針が足に刺さった刺さらないのことが本当にわたしの不始末なのかと疑問にも思っている。
仮に針が足に刺さった原因がわたしの不始末だったとしても、洗面器でなぐることやそれが割れるまで殴りまわすようなことがあっていいのだろうか。

実の親でもそのような叱り方をするのだろうか。

A子もB子も結婚をして子供を産み育てているが同じようなことがあったとして、洗面器で殴りまわすのであろうか、継母もA子も一体、本当にあの時のことをどう考えているのか訊いてみたいと思っている。

伝えておきたいことがある

f:id:themisnoherb:20201230184738j:plain
継母、異母姉A子さん、異母妹B子さん、そしてその周りのご家族、あなた方へ伝えて残しておきたいことがあります。

2020年が終わろうとしています。
今年は「新型コロナ」という、よくわからないウイルスのせいで世界中の方々が振り回されました。

そのウイルスは「自由」とは何を指すのか、また、自由は本当は「不自由」なのであるということ、生きることとは実はとても不平等さ持っていることなどをつまびらかに現しました。

隠されていたことが曝露される年でもありました。これからも色々なことが表へでてきて、ごまかすことなど、できなくなるでしょう。

他のみんなにも同じような思いの方がおみえだと思いますが、わたしのこれまでの人生はなんだったのでしょう。

この先、どのように生きてゆけば良いのでしょうか。

異母姉A子さん、異母妹B子さん、あなた方は見て知っていたはずです。

わたしがあなた方のお母様から台所でホースで水をかけられたり、洗面器で殴り回されて階段の下でめちゃくちゃにされたこと。

木製のハンガーで殴られたこと、よくわからない理由で土下座(土下座のことについては別の題目で後述いたします)をさせられたことを見て知っているはずです。

※土下座については1度目は台所横の部屋の6畳間、2度目の土下座は台所の床での土下座でしたね。

この2度目の土下座は異母妹B 子さんも実際に目の前で見ていると思いますが覚えていますでしょうか。

わたしは思っています。本当にこんなことがあっていいのかと悲しい気持ちで生きています。理不尽さについてどうしても払拭ができずにいます。

よく、思い出して、考え、あなた方のお母さまも異母姉A子さんも異母妹B子さんも知っておいて頂きたいです。
わたしの犠牲のもとで陽のあたる人生を歩いていることを認識・自覚してほしいのです。

日本の心理学者で京都大学名誉教授の河合隼雄先生は述べておられます。

家族の中のある一人が代表になって「家族の病い」を引き受けているようなことが多い。その人をスケープゴートにして家族の他の成員が「幸福」に暮らしているようなときもある。

文献引用・参考 河合隼雄,河合俊雄,心理療法入門,岩波現代文庫,2010年3月,p157,第6章 心理療法における文化・社会的要因 ISBN 978-4-00-600225-1

このように現在、ご自分方の家族があって、お孫さんがいて、家があって、年末年始を楽しく過ごして、お盆などにはみんなで集まって過ごせていること、これは間違いなくわたしの不幸の上にある幸せなのではないでしょうか。

わたしはある頃から独りで生きているわけです。愛情の受け渡しについてうまくかわせないため、わたしはいつも独りです。GWもお盆もクリスマスもなく、年末年始もないし、お餅やおせちもありません。

暖房をかけてもかけても、それでもなお、冷たい冷気が流れ込んでくる古い賃貸部屋でコーヒーだけで過ごしていることを少しは知っていて欲しいのです。

洗面器殴打事件

f:id:themisnoherb:20210107214854j:plain
もうこれは立派な事件である、傷害事件で暴行罪ではなかろうか。

わたしが中学生の時、何のために裁縫道具を出していたのかは忘れたがボタンなどをつけて、補修をする場面があった。

わたしは2階のテレビ部屋のテレビの前で裁縫箱を開けた。

その裁縫箱の中は色々なものが、てんで、めちゃくちゃに入れられていた。

継母は元来、おおざっぱな性格で家の中も少し散らかり気味の感があった。特に台所周りや冷蔵庫の中は決してキレイとはいえなかった。

わたしは、てんで、めちゃくちゃに入れられてある裁縫箱を見て、「あーもう~、めちゃくちゃやなぁ」と心の中でつくづくと思った。

そう思いながら、恐る恐る針と糸、糸切りバサミを手にする。

わたしは自分のことを自身で云うのは気がひけるが幼稚園などの幼い頃から几帳面な性格で、そのせいもあり、整理整頓は得意な方だった。

もちろん、裁縫道具などの危険なものの扱いには特に慎重で、どんな針を何本出したのか、どのように何を使ったかなど、それらの管理に細心の注意をはらった。

そうして、裁縫を終え、その場を離れた。

その後、おぞましい、洗面器がバキバキに割れるまで殴られる洗面器殴打事件が起こった。

ホースで水をかけられる

f:id:themisnoherb:20201230100501j:plain
つい、このあいだも水をかけられる虐待を受け、果てには亡くなってしまうという報道があった。

わたしにも同じような経験がある。小学生の時で土曜日だったと記憶している。わたしは継母からの言いつけ事がいくつかあった。

その言いつけのひとつに学校から帰ってきたら、まず、お風呂の残り湯で台所や床、階段の 拭き掃除を済ませ、それが済んだら残り湯などで自分の靴下を洗い、その後、お風呂掃除を済ませ、すぐにお湯が沸かせるように湯船にお水をためておくという言いつ付けがあった。

ある日、わたしはその言いつけ事の拭き掃除やお風呂掃除、お水をためておく準備を後まわしにして、すぐに済まさないでいたことがあった。

そんな日にかぎって運悪く、継母が昼間の15時か16時ころに帰宅してきたのである。継母は帰宅するなり、玄関先で怒鳴った 「アンタ!風呂掃除終わったんか!」

わたしは「いまから、する」といって靴下を脱ぎ始めた。

すると継母は乱暴に玄関をあがってきて、お風呂場へズカズカっと入ってゆき、青いホースを手に取った。そして、継母は「風呂掃除はすぐにしとけ言うたやろっ!」と怒鳴りながら水道の蛇口を開け、ホースでわたしに水をかけはじめた。

その勢いはそこそこの水圧でわたしも台所も廊下も何もかもがずぶ濡れでそこらじゅうが水浸しになった。

わたしはそのとき泣いたのかどうかは覚えていないが濡れたまま、ひどく憔悴して、お風呂掃除と水浸しになった台所と廊下の拭き掃除をした。